読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

観光車掌のお仕事 【第10回 短編小説の集い 参加作品】

今回も書いてみました。キーワードは「旅」です。前回と違って何の閃きもないまま取りあえず書き始めてしまい、非常に苦しい展開でした。
 novelcluster.hatenablog.jp


観光車掌のお仕事

 夏特有の強い日差しが照りつける中、二両編成の古いディーゼルカーがゆっくりと進む。車窓から臨む、いつもと変わらぬ見慣れたリアス式の海岸。切り立つ断崖絶壁。遙か下の方に見える海岸には所々に僅かな砂浜があって、数組の家族連れが波と戯れているのがかろうじて見える。あそこまでたどり着けるのは地元民だけであろう。

 青々とした晴れわたる空。穏やかに広がる青い海。うだるような暑さ。そんないつも通りの夏、頼子が乗っているのはいつもの通り、冷房の利きが今ひとつの古い列車。車輪が線路を叩く音、カーブで線路が軋む音。うなりを上げるディーゼルエンジン。そんなローカル線の音色とセミの声とのハーモニー。これが頼子にとっての変わらぬ夏の風景と夏の音色。毎年のことであっても頼子はいつもそれに見とれ、聞き入ってしまう。

「おばちゃん、すいませーん」

ボックスシートに陣取る若い家族連れの、威勢のいい父親から声が掛かる。頼子はそれににこやかに答え、彼らの座席の前で止まると、弁当や飲み物、土産品のたっぷり詰まったワゴンを固定する。
「海鮮弁当2つに、しそおにぎり、お茶に……」
父親が選んでいるさなか、母親が「祐介は何か欲しい物ある?」と小学校に上がるかどうかくらいの息子に尋ねている。おすすめは何かと尋ねられた頼子は、いつもの如く、
「お土産用なら地元特産の梨、デザートには梨アイスがおすすめですよ。本当においしいんだから。あとはねえ」
愛想良く答える。お客も楽しそうである。これもまた、いつもと変わらぬ夏の風景。


 この路線が混雑するのは普段は通学の高校生達くらいで、それも一部の区間限定のもの。それ以外の区間、時間帯では数人の乗客のみ、といった状況が常なのだが、今は観光シーズン。頼子が担当しているのは、観光列車として毎年行楽シーズンに運行される名物列車である。今日は二両のうち、一両と半分ほどを団体旅行客が陣取っていて、後ろの車両の後方数列にのみ一般客が乗っていた。


「えー皆様、車窓前方左手をご覧下さいませ!海の沖合の方に、小さな島、無人島が二つ見えて参ります。この島は、左が厳島、右が翁島と申しまして……」

 観光ガイドを担当している観光車掌の初美が、汗をかきながら声を張り上げている。まだまだ不慣れでぎこちないが、精一杯やっているのが伝わる。そんな新米ガイドを微笑ましく思いながら、頼子はその様子を見守っている。初美は昨年高校を卒業して、この地元のローカル鉄道に就職したばかり。まだ十九歳である。特別に美人という程でもないのだが、人懐っこくて笑顔がかわいらしく愛嬌があって、客の評判も上々だった。

 五十をとうに過ぎている頼子からすると娘と言うより更に若いくらいの年頃である。頼子には息子が二人で、もうとっくに家を出て都会に行ってしまっていたこともあって、初美と一緒に仕事をするのが楽しくて仕方がなかった。彼女もまた「頼子さん」と懐いてくれていた。

 観光車掌の仕事は、こうして沿線風景のガイドをしたり、地元ゆかりの逸話を紹介したり、時には地元民謡を歌ったり。季節によっても色々であり、意外とハードなものである。昨年までは主に頼子の仕事だったのだが、新人の初美に少しずつ伝授し、最近はようやく一通りこなせるようになってきたところである。


 始発駅を出発してから一時間あまり。もう間もなく、ここの路線としては大きい部類の鈴谷駅に到着する。日本でも屈指の景観を誇る観光地の最寄り駅で、いつもの如く団体客はここで降りる予定となっている。頼子は到着五分前には二号車のデッキへと向かい、開く側の扉とは反対側にワゴンを止めてスタンバイ。やがて車内放送が、間もなく到着の案内を告げると、乗客達は荷物を網棚から下ろしたりゴミを片付けたりと、慌ただしく降りる準備を始める。


 列車がホームに到着すると、真っ先に頼子が降りる。そして降りてくる団体客一人一人にありがとうございました、行ってらっしゃい、とにこやかに挨拶し、別れを告げる。一号車の方では初美が同じように、丁寧に元気よくやっているのが見える。乗客達も、ありがとう、またね、と嬉しそうに手を振ってくれる。
 
 観光客達との、ほんの僅かな時間の、ほんの僅かなふれあい。毎年のこと、いつもと同じ事の繰り返し。頼子にとってそれが生きるということ。


 団体客が降りきったところで、また頼子は列車に乗り込む。終点はもう少し先の西舞鶴駅で、まだ三十分ほどかかる。終点まで乗務し、引き続き観光案内と車内販売をすることになってはいる。とはいうものの、もう残りの客は数人だった。
残っている僅かな乗客に、会釈しつつ飲み物やアイスなど欲しい人はいないかと車内を回るが、もう需要は無さそうだった。


 乗客の中で、後方車両の後ろの方、まだ二十歳そこそことおぼしき青年が始発駅から一人で乗っているのが、頼子はなんとなくずっと気になっていた。十年前、大学へ進学する際に家を出て、それ以来年に数度しか会えなくなってしまった息子とどこか重なって見えてしまう。荷物が少ないのは地元民だからだろうか。

もう今日の上り列車での仕事は実質的には終わっているし、こんな時は観光案内というよりもお客と世間話など交わすのが常だったので、頼子は声を掛けてみることにした。

「お暑うございますね」

彼は笑顔で会釈する。尋ねてみるとやはり元は地元民で、高校卒業までは豊原市にいたという。久々の里帰りを終え、また仕事に戻るところだという。

「じゃあ、久しぶりに里帰りをしたというわけね。なるほど」
「やっぱりふるさとはいいですね。ここの景色を見ると落ち着きます」
「まあ、お若いのによく分かっていらっしゃるわねー」

他愛もない世間話をしていると、初美がやってくる。
「あら初美ちゃん、いらっしゃい」すると初美は一瞬驚いたような顔をする。青年がこんにちは、と声を掛けると、初美は曖昧に笑みを浮かべて会釈する。明らかに緊張している。普段は老若男女問わず、人懐っこく気楽に話しかけているのに。

怖ず怖ずと初美が彼に問いかける。
「あの……観光で来られたのですか?」
「いや、ちょっと里帰りで」
「どうしてわざわざ観光列車に?」
確かに尤もな問いだった。この観光列車は行楽の団体客で混雑するし、一部の風光明媚な区間ではわざと徐行運転したりするので、普通の列車よりも余計に時間が掛かる。地元民はあまり乗らないのが常だ。
「いやなんか、うわさで君が観光車掌をやってるってきいたもんだから、どんなものなのかちょっと乗ってみようと思ってさ」

青年はあっけらかんと答えた。「岩下初美さんだよね」
「ええっマジで!?もしかして覚えてるんですか!?私のこと。なんか超ビックリなんですけど!」
初美はぽんと柏手を打って、なんとも大げさに感激している。
「君の方こそ俺がわかるんだ。ちょっと驚きだな」
事情のよく分からない頼子はどちらともなく、どういうことなの?と説明を求めた。
「この人はえっと、同じ高校の、卒業生の、荒川先輩で、それであの、えっと……」
初美がたどたどしくも、嬉しそうに答える。

どうやら彼は初美と同じ高校の卒業生で、初美よりも二つ年上、部活動も同じ陸上部だったそうだ。同じ部活と言っても、一緒に活動していた期間は短いし、あまり会話らしい会話もしたことがなかったので、お互いに覚えているとは思わなかったらしい。にもかかわらず、双方が覚えているなんて。どう考えたってお互いに意識していたとしか思えないではないか。なんともボーイ・ミーツ・ガールな展開かもしれない。全く無関係の頼子であったが、なんとも微笑ましくて、今後の素敵な展開を予感せずにはいられない。
しかし、そんな頼子の淡い期待は直ぐに打ち砕かれることになった。

初美が彼にどこまで行くのか問うと、東舞鶴に行くという。それを聞いて頼子は思い出したことがあった。東舞鶴と言ったらこの列車の終点の、西舞鶴から乗り継いで一つ先。昔から有名な海軍基地がある、いわば海軍の街である。
「東舞鶴って言ったら、今、すごく大きな軍艦が来ていたわね」
「それは輸送艦『文殊』ですね。実はあれに乗ることになっているんですよ」
青年は努めて明るく答えていた。
一瞬で初美の表情は曇り、青ざめてた。
「……それって……あの、どういう……」
力なく、尋ねようとするが、声が震えて、言葉を紡ぐことができていない。
「もしかして海軍さんなのですか」頼子は代わりに尋ねてみた。
「いえ、僕は陸軍の方で、輸送艦に運ばれる身です。あまり詳しいことは言えないのですが、シンガポール方面に行くことになっています」
「……そんな……どうして……?」
彼が言うには『有志国連合平和維持軍』というのに参加する、とのことだった。
「なにも、荒川先輩がそんなとこ、行かなくったって……」初美は涙声になっていた。頼子は慌てて初美を宥めようと、なんとか言葉をつなぐ。
「そんな初美ちゃん。今は別に戦争になってるって訳じゃないんだし、そんなに心配しなくたって大丈夫よ。すぐに帰ってきてくれるわよ、ねえ」
彼はゆっくりと、丁寧に説明する。
「マレーやマラッカが敵対勢力の手に落ちるようなことがあれば、日本のエネルギー事情ではすぐに石油は枯渇してしまうからね。誰かがやらなくちゃならないことなんだよ」
呆然としながらはらはらと涙を零す初美に、それ以上なんと言葉をかければよいのか、頼子は思いつかなかった。車輪が線路を叩く音だけがリズミカルに響いていた。やがて、まもなく終点に到着するという車内放送が流れた。


終着駅のホームに到着すると、頼子と初美は真っ先にホームへ降り立つ。そして僅かに残っていた、降りてくる乗客達に、ありがとうございました、行ってらっしゃいませ、と頼子は笑顔で別れを告げる。初美は声にならないようだった。虚ろなまなざしのまま、ただ頭を下げていた。最後に彼が降りてきて礼を言った。
「今日は楽しかったです。本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそありがとうございました。行ってらっしゃいませ。きっと無事で帰ってきて、そしたら土産話でも聞かせて下さいね」
「ええ、もちろん。来年の四月には戻ってくる予定になってるから、真っ先にまたこの列車に乗りますよ」
「ええ、お待ちしております。そしたら初美ちゃんガイドしてあげてね。なんなら二人きりでどうかしら」
「是非お願いするよ。なんちゃってね」
彼は照れ隠しか、におどけて見せた。
ようやく初美は絞り出すように、彼をじっと見据えながら一言だけ言った。
「どうか、ご無事で……」
「うん、行ってきます」
彼は笑顔で答えると踵を返し、乗り換えの階段を勢いよく駆け上がっていった。隣のホームには彼の乗り換える列車が到着していた。


 さんさんと強い日差しが照りつける。まもなく折り返し、観光列車の出発時刻だ。乗客はまばらであるが、鈴谷駅まで行けばさっきの団体客とはまた別の団体が乗り込んでくる予定になっている。
「帰りのガイドは私がやるからね」張り切って頼子が言う。
「そんな、平気です。今日はあたしがやる日ですし……」
「いやあんまり平気に見えないし。私にもたまにはいいかっこさせてよね。それに売り子さんだって結構大変なんだしさ。気分転換よ」

二人は列車に乗り込む。
古いディーゼルエンジンがうなりを上げ、列車がゆっくりと動き出す。線路の軋む音が響く。いつものように。

<了>


(約4750字)


京都府北部を意識していますが、「舞鶴」以外は地名・鉄道など、何かと現実とは異なります。



f:id:fnoithunder:20150802035812j:plain