供給能力

 俺は小さな漁村の漁師なんだが、地震津波のせいで大変な目にあい、多くの仲間を失った。俺の家は壊れて瓦礫と化し、船は流されてしまい行方不明、嫁と息子はけがを負ってしまった。俺には元々たいして貯金もなかったし、家も船もなくなってしまった。このままでは妻子を助けることもできない、金を稼ぐこともできない。仕方ないので、親父に相談することにした。幸い親父は大変な資産家で、たくさんの貯金がある。親戚には天才外科医のドクターKさんもいるし、腕の立つ大工のGさんもいる。俺の身内は、高度な技術も持っているし、資産もある。本当にありがたいことだ、きっとなんとかしてくれる。そう思って親父の所へ行った。しかし……
 
父「そんなこと言ってもお前、うちは借金だらけだぞ。どこにそんな金がある?」
俺「いやいや、銀行に貯金いっぱいあるじゃんか!」
父「しかし借金は借金だ。子孫の代まで負の遺産を残すわけにはイカンだろ」
俺「とにかく嫁と息子を助けてくれよ!隣のK先生がいるじゃないか!だいたい子孫が残らなかったら元も子もないだろうが!」
父「しかし財源がなあ」
俺「だから、資産は何百兆円もあるんだろ?」
父「返す当てはあるのか?」
俺「そりゃ、今はどうしようもないよ。でも今は仕方ないだろ!」
父「それじゃ国民が納得しないんだよな。無駄遣いすんな、とか利権だとか言われる」
俺「無駄ってどういう意味だよ!人の命がかかってんだぞ!」
父「じゃあ仕方ない。財源は親類全員から今後二十五年間に渡ってちょっとずつ払い続けて貰うことにするか」
俺「金だったら、船を買う分さえ用意してもらえれば、後は俺が魚を捕りまくって稼いで返すよ!だから船だけでもなんとかしてくれ、頼むよ」
父「そんなこと言ってもお前、今更ほんとに漁業でそんなに稼げるのか?」
父「これからは自由貿易の時代だ。TPPにも入りたいし」
父「魚なんか外国から買った方が安いだろ。船なんか買うより絶対その方がいいって」
父「お前、本当に外国に勝てるのか。ちゃんと構造改革した方がいいんじゃないのか」
父「漁業なんかよりもお前、太陽光発電とかどうだ」
父「風力発電なんかもけっこう注目されているみたいだぞ」
父「これからはエコの時代だ!」
 
 
 ……いかがでしょう、俺と親父のトンデモ議論。日本は、こんな議論を真剣にやっていたのですよ。これが日本の現実です。当時の政権は、財源の話から始めたんです。

本当に必要なもの

 復興に本当に必要なのは、実はお金ではありません。ここで出てくる、ドクターKさん、大工のGさん、漁師の俺、といった供給の実力なのです。
 お金さえあれば、この人達はいなくてもいいのでしょうか。或いはお金がなければ、この人達がいても何もできないのでしょうか。違います。そんなはずはありません。重要なのは供給能力です。「お金と供給力」は「ニワトリタマゴ」の関係ではありません。まず必要なのは「供給の実力」です。それが全てと言っていいでしょう。復興において最も優先すべきは、財源・お金ではありません。とにかく被災地の実力を取り戻すことなのです。
 
 よく言われる「規制改革」も同様です。緩和するにしろ強化するにしろ、それは「供給の実力」を維持・強化するための「手段」です。「規制緩和」それ自体は手段です。目的にはなり得ません。
 
 
 お金とは、国家の信用で創造されるフィクションに過ぎません。そのフィクションに対して実力、供給能力が伴えば、それが国家の実力として評価され、その結果としてお金が実力として評価されるようになります。経済の実力に裏打ちされたお金。それが本来の意味での「信用創造」なのではないでしょうか。日本円が世界的に強いのは、日本経済の実力が評価された結果なのです。

 ドクターKや大工のGがサボってばかりの手抜きばかり。俺は仕事にも就けず、妻子を失いのたれ死んでしまった。親父はいつも株やら先物やらのマネーゲームに夢中。なんてことになってしまうと、日本円はいずれ信用を失い、その価値を失っていくことでしょう。
 
※この話は次々回あたりに続く予定です。供給能力を強化するなら、供給側優先の経済学、すなわち「サプライサイド経済学」だ、と声高に主張する論者がいますが、これは誤解に満ちている、という話です。


  
※前回記事の訂正・修正
(1) GIFアニメの図を修正しました
 前回記事に出てきた、経済循環のGIFアニメ図の説明で「①」「①~①'」を第一の矢、と書いているのですが、①や①’の場所が間違っていたり、図中になかったりでして、すみませんでした。修正しました。
 
(2) 上記の説明文を訂正しました
「流通する通貨量を増やせばインフレになるだろ」→「流通する通貨量が増えそうな気がするので、インフレになるだろ」
 金融緩和で増えるのは「マネタリベース」であって、銀行の貸し出しが増えないと、流通する通貨量は増えないですね。しょうもないミスでした。元の文章は誤り。あくまで「期待インフレ率」が上昇するのであって、それが狙いだってJKT(上念・倉山・田中)リフレ派の先生方が言っていました。