【第28回】短編小説の集い 【桜の季節】参加作品 「プライベート・ユアン」

おなじみ短編小説の集い「のべらっくす」

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とうとう最終回を迎えてしまいました。せっかくだし?今まで色々とお世話になったし、参加です。私は通算5回目だっけ。この時期恒例の「桜の季節」ですが。発想が貧困な私は思いつく話もなく。いささか強引な展開に。


 ちなみにタイトルはお察しの通り「プライベート・ライアン」のパクリです。つまり戦争ものです。残酷描写などありそうです。他の作者の皆さんも含め、そういうの苦手、という方は無理に読まなくても構いませんので、どうかお気遣いなく。

 
今回も字数制限ギリギリですが、前みたいにとにかくムリヤリ詰め込んだ、という訳でもないです。




プライベート・ユアン
 
 幾台かの倒れた工作機械が無残な姿を晒していた。機械油や洗浄薬品のボトルが散乱している。辺りは濁ったオイルの空気が漂い、死に満ちている。つい半年前なら活気のある町工場だったに違いないのに。

 俺は崩れた外壁から慎重に外を覗う。廃墟と化した街並みが月明かりに照らされ、無機質に浮かび上がる。見慣れた光景だ。天井を見上げれば大きく穴が空いて、向こう側で星は煌めき、満月は大きく光りその存在感を放つ。気持ち悪いほどに明るく、静かな夜だった。


よし、作戦のスタートポイントはここらでよかろう。


 やれやれ。俺は壁際に座り込むと煙草を取り出しておもむろに咥えた。ジッポーライターはなんなく灯り、きれいな炎を描き出す。チリチリと煙草の先が燃える。四時間ぶりの煙草を胸一杯に吸い込み、ふうと息をつく。
 
「また煙草なんか」
俺に倣って左隣に座った部下のユアンがなじるようにつぶやいた。
「うるせえよ。女房みたいなこと言いやがって」
なんでお前なんぞに咎められなきゃならんのだ。
「べっ、別にそんなつもりじゃないし。だって、こんなところで煙とか光とか出してたら敵に見つかるかもしれないし」
彼女は反撃の言葉を発してきたが裏腹に歯切れ悪く、なぜかうつむく。ゴニョゴニョして聞き取りづらい。なんだよその反応。俺そんなに変なこと言ったか?
 
分隊長、ユアンの言うとおりですよ。ここは敵陣の真っ直中なんですからくれぐれも気をつけてくださいね」
もう一人の部下、更にその隣にいたディアンも笑いながらユアンに加勢する。
「何言ってんだ。ヘビースモーカーの俺様が四時間も吸わずに我慢してたんだぞ。むしろ褒めるとこだろ。しかもこれが生涯最後の煙草になるかもしれんのだ」
「まーた、そんな不吉なこと言わないでくださいよ」
「っていうか、前もおんなじこと言ってたし」

仕方なく俺は二人の方へ煙が行かないよう、右の方へ顔を背けて煙をゆっくりと長く吐き出す。あー生き返るぜ。


 全く、分隊長である俺に向かって遠慮のない連中だ。二人とも俺の子供と言って通ずるような年頃だってのに。コイツらが俺の所属する部隊に入ってきた一年前からずっとそうだ。最初からユアンは無愛想で生意気な女の子だった。対照的にディアンの方は愛想がよくて気の利く男の子だ。


 俺の隣で、ユアンは膝を抱え顎をのせていた。顔の輪郭がくっきりと月光に映え、長い睫毛のシルエットが微かに上下する。俺はその幻想的な光景を横目でぼんやりと眺めていた。なぜこんな所にこんな娘がいるのだろう。


俺は以前からこの娘には少々困惑していた。なぜかって?
不意にユアンの双眸がこちらを向く。俺と目線が合うとその眼差しは慌てたように下を向いた。しまったあまりにも見過ぎてた。気持ち悪がられてしまう。

「まあ、なんだその。アレだ」
俺はばつが悪くて意味不明な言葉を発していた。言い訳がましい気もしたがこの際仕方がない。言ってしまおう。
「お前達を見てるとな、どうも家族のことを思い出しちまうんだよ」
 
俺は大事にしまってあった写真を胸のポケットから取り出して二人に渡す。俺と女房と子供二人の、家族の写真が数枚。十日ほど前、休暇の時に撮ったものだ。

「へえ」
「どれどれ」

二人は写真を手に取ると興味深げに見入る。思いのほか食いつきがいい。詳しくは知らないのだが二人は戦災孤児らしい。そんな二人に家族の写真を見せるのには少し抵抗があったのだが、そんな気遣いは無用だったのかもしれない。

「娘さんと息子さんですか。今何歳なんです?」
「一三歳と一二歳。一つ違いの姉ちゃんと弟だからちょうどお前らみたいな感じだな」

俺が答えると、ユアンがしみじみと言った。
「私らが兵隊になった歳だね」
「何だと、お前らそんな歳から?」
「うん、もう三年」
「そうか。道理で小娘のくせに貫禄あるわけだ。しかしひでえ世の中だな」

俺はユアンの話に面食らった。知らなかった。コイツらそんな歳から兵隊やっていたのか。戦災孤児だからってこんな年端もいかぬ子供にまで武器を持たせるなんて、もうこの国もダメかもしれんな。

「娘さん、機嫌悪そうですね。なんだかユアンみたい」
ディアンがケラケラと笑う。
「まあ確かに。私に似てる気はする」
似てるという点についてユアンも同意した。
「うん、まあ、ホントは可愛い子なんだけどな。半年も会えずにいたし、怒られたよ。っていうか泣かれた」
写真の中、桜吹雪にたたずむ不機嫌そうな我が娘は、どことなくユアンに似ていた。割と背が高く、切れ長の瞳、ややクセのあるここら辺では珍しい赤髪。全て母親譲りのものだ。つまりその、ユアンは俺の女房にもよく似ていたのだった。

「それにしてもこの花きれい。花びらが風に舞って、何だか幻想的ね。確かこれって桜だっけ?私もいっぺん見てみたいなあ」
「なんだお前、桜も見たことないのか。うちの方じゃよく咲いてるぞ。桜吹雪なんて毎年見れるし大してありがたくもない」
「僕も桜って写真とかでしか見たことないなあ。故郷じゃあ本物の吹雪はよく見るけど」
「私の所は岩と砂ばっかりだし。砂嵐ならよく見るし」
「そうなのか。でも今年はもう終わっちゃったなあ。じゃあ来年うちに来いよ。案内してやるぜ」


 遠くから地響きが聞こえてくるのに気付き、二人に目配せする。他愛もない会話から一転、現実へと引き戻される。俺達は息をのみ耳を澄ませた。敵の戦車が近づいている。
「陽動部隊がおっぱじめたな。だいたい予定どおりの時間だ。俺達も行くぞ」

ロケットランチャーを担いで廃工場を飛び出し攻撃ポイントである唐墨小路へと走る。走りながら思う。さっきまでの他愛もない普通の会話が非日常であり幻想であって、自動小銃(アサルトライフル)やロケットランチャーで殺し合うのが日常で、現実だってのか。狂ってるぜ。唐墨小路へ出ると敵戦車が七条大路を西へと進んでいくのが見えた。俺はしゃがみ込んで二人を呼び寄せる。顔を付き合わせ指示を出す。
「俺は三両目を狙う。ユアンは四両目だ。一発撃ったら即座に撤収、ディアンは自動小銃と残弾薬全てを持って撤収準備をしておけ。すぐに次の迎撃ポイント、黄龍五条に向かうんだ、いいな」
二人がうなずいたのを確認すると俺は通りの中央へ踊り出てロケットランチャーをぶっ放した。ユアンも俺に続く。五百メートル先で爆発音が轟き火の手が上がる。命中だ。
「さーて反撃を食らう前に撤収だ。さすがだなユアンは」
俺は走り出す。コイツはホントに射撃がうまい。
「やりましたね!」
走りながらディアンが叫ぶ。さて、ここからが正念場だ。これで敵は俺達のような浸透攪乱部隊に入り込まれていることに気付いたはずだ。今後は警戒され反撃を食らうことも想定せねばならない。長い夜になりそうだぜ。




 次ポイントでの攻撃もうまくいったものの、敵も反転攻勢に出てきた。さっきからヘリが出ていて、盛んにサーチライトを光らせている。今夜は月も明るいし、だいたい赤外線サーチされれば夜など関係なく人体は補足されてしまう。敵兵の銃撃音、叫び声まで聞こえてくる。見つかって白兵戦になったら万事休すだ。俺達は三人しかいない。
「チッ、煙草を吸う暇もねえ」
俺が毒づくと、敵の銃撃がすぐ近くで轟く。
「まずい、見つかった!」
ディアンが自動小銃で応戦する。
「やむを得ん、地下街へ行くぞ!」
俺達は地下のアーケードへと駆け下りた。地上よりは見つかりづらいものの、地下のマップはうろ覚えだし、もし破壊されていれば先へは進めず、追い詰められてしまうかもしれない。この状況ではもう第三ポイントでの戦車攻撃は無理だ。俺達はロケットランチャーを捨て、自動小銃と拳銃の装備に切り替えて撤退戦を繰り広げた。


 結局俺は地下街に入ったことを後悔することになった。瓦礫の山が俺達の行く手を阻む。最悪だ。行き止まりじゃねえか。クソッ、地下街なんて入るんじゃなかったぜ。銃撃を続けながら頭をフル回転させる。まだ敵は少ないがここに留まっていては追い詰められるだけだ。どうする?活路はあるか?

 何かが向こうから飛んできて壁に当たり、目の前の二メートルほど先を転がっていく。手榴弾だ。俺にはそれがスローモーションのように見えた。どうする。投げ返そうったってあんなところに飛び出したら敵弾を食らって蜂の巣だ。でもあれが爆発したらその破片と爆風は凶器と化して飛散し、俺たち三人は即死はしないまでも重傷を追ってまともには動けなくなる。すぐに殺されるだろう。そしてユアンは傷を負ったまま陵辱されるのだろうか。

絶対にそんなことさせるものか。

俺は通路に飛び出していた。反撃が薄いと見たか、敵兵三人がこちらへ突っ込んでくる。俺を見て慌てたように立ち止まる。即座にそいつらは俺の自動小銃になぎ倒された。ざまあみやがれ。同時に俺の体には何発もの銃弾が撃ち込まれていた。全身が焼けるように熱い。立っているのが、意識があるのが奇跡だった。しかし、まだだ。まだ、倒れるわけには、いかない。俺はよろめきながら手榴弾に近づく。どうか間に合ってくれ。俺はその手榴弾のもとに倒れ込むと、それを抱きかかえるようにしてうずくまった。これで手榴弾の威力は減らせるはず。ユアン、ディアン。どうか生き延びてくれ。そう願うと間もなく手榴弾は炸裂した。痛みを感じたのはほんの一瞬だった。俺の肢体は引き裂かれ四方に散った。もう自分が呼吸をしているのか、心臓が動いているのかさえも分からなかった。急速に視界がかすれていく。そして俺の右の手のひらが暖かい感触に包まれた時、虚無の深淵へと落ちていった。




 耳鳴りがする。火の手が上がり、辺りは硝煙に包まれている。右の脇腹が痛む。さっきの爆発で何かが当たったみたいだ。私は上半身を起こし全身を確認する。大丈夫。大したけがは負っていない。そこで始めて私は自分の脇腹に飛んできたものを知った。分隊長の、ファロンの右足。膝から下だけの。


 フラフラと立ち上がって辺りを見回す。今の爆発で壁は崩れかけていて、その壁際に叩きつけられているファロンを見つけた。血まみれで体は原形をとどめてはいなかった。内臓をさらけ出し、四肢は千切れていた。私は彼の脇にひざまずいた。視線の定まらない落ち窪んだうつろな瞳。かろうじて残されていた右腕は何かを求めるように突き出され、虚空をさまよう。私はその手のひらを握りしめ、自分の頬へと触れさせてみた。頬が彼の血に濡れる。
「ファロン」
名を呼んでみる。反応はない。もう、死んでしまったのだろう。涙も出ない。自分が悲しいのかも分からない。心のどこかでこんな状況を覚悟していたからだろうか。幾多の死を見て、幾多を殺し、慣れてしまったのだろうか。父親代わりの人。初恋の人。その人が死んだというのに現実感はない。現実って何だ。これが現実だというのならもうたくさんだ。ここでファロンと一緒に死んでしまっても構わない気がした。

「僕らを助けるために……」
ディアンは私の向かい側にしゃがみ、ファロンの亡きがらを見つめ泣いた。

「もう行こうユアン。ここは危険だよ」
「行くって、どこへ」
「どこって……」ディアンは言葉に詰まった。
「合流ポイントまで無事にたどり着けると思うの?私達の行動は読まれてる。地上へ出たらヘリの餌食だし。だったらもうここでファロンと一緒に死んだ方が良くない?」
分隊長はそんなの望んでない!僕らが死んだらいったい何のために」

その時ディアンの肩越し、硝煙の向こうに動く影が見えた。私が反射的に自動小銃を構えると同時にディアンが伏せた。直後に敵兵が私の凶弾に倒れる。
そうだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。私は現実に引き戻されていた。

破壊された壁からかすかに風を感じる。
「行くよディアン」
「行くって、どこへ」
「確かここらには地下鉄があったはず。そこを通れば西へ抜けられるかもしれない」
ファロンの脇の崩れかけた瓦礫をどかすと、向こう側に長い下り階段が姿を現した。
「生き延びよう。それにこの目で桜を見るまでは死ぬわけにはいかない。それがファロンとの約束。ディアンだって桜見たいよね」
「……うん!」
ディアンは力強く肯いた。

私達は壁を越え階段を駆け下りる。今は、現実も幻想も夢も虚構も分からないけれど。何が正しいのかも分からないけれど。それを見極めるまでは。死ぬわけにはいかない。私は生き延びるのだ。



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