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「短編小説の集い」について雑感

ツイッターでは文字不足なのでこちらで。短編小説の集いについて。


novelcluster.hatenablog.jp


 最近は参加者も減ってきて、主催者氏は今後の方針について終了も含めて検討中とのこと。最近はご無沙汰ですが、私も過去3度だけですが参加したので、この件についてちょっとコメントを出しておきます。何か意見があるわけでもなく、本当にとりとめもない話です。


まず宣伝。
そういやけっこう頑張って書いてたんだよなー。参加した作品はこちらです!
fnoithunder.hatenablog.com

この時の参加作品は20以上あった。思いのほか好評で「頑張ったで賞(次点)」を受賞しました!嬉しかった。


二度目。
fnoithunder.hatenablog.com

自分的には前より良くできたと思ったのだが、世界観で「は?何で??」ってなって、つまづいてしまった人も多かったようだ。


三度目。これは第19回短編小説の集い。
fnoithunder.hatenablog.com

自分ではいちばん気に入っている。
前作の続編だが、これ単体でも読めるようになっている(つもり)。


現在の心境

 「小説を書く」ことに、結局「越えられていない壁」みたいなものを感じていて、なんつーか、つまり、挫折感があります。「挫折」というのは大げさなんですけどね。壁を越えられていないのは、私の元来の性質が、小説を書くことにあんまり適していないからなのかなあ、という気もしています。生活態度はものぐさでグズグズしているんですが、脳内はやたらせっかちでこらえ性がない。決して越えられないとは思っていないけれど。明日から本気を出す。で、明日が来ない。


理由は主に以下の4つかな。

① 小説を書くのは苦しい

 以前、時巻クラブのくらげ氏が言っていた。

tokimaki.hatenablog.com


 私にとっては未だとても苦しい。小説を書くことの苦しさは、主催者さんもいつだったか「産みの苦しみ」のようなことは確かツイッターで仰っていたように記憶しています。

イデアが出てこない。表現が出てこない。オチが浮かばない。場面が繋げられない。記述の過不足が分からない。書き方が分からない。とにかく色々なものが出てこない。

 私は日頃のブログ記事でもけっこう真剣に書いておりまして、遅筆なこともあり時間かかります。5000字くらいの長い記事も時折ありますけれど、こういうの夜の10時に始めたら翌朝3時までやってる、なんてこともあります。ブログ記事だと延々飽きずに結構いくらでも続けることができます。

 これが小説だと全然進まず、大概は30分くらいで辛くなって続けられなくなってしまいます。今のところ、調子良くてせいぜい1日で1.5時間くらいが限度かな。三回しか参加していないですけれど、それでも回を追うごとに改善の兆しはありました。でも、結局この苦しさにいまだ勝てていない感あり。

② 長編の小説を完成させたい

 これ、随分前から言ってますけれどね……足かけ5年たってます。原稿は4万字くらい書いていたのですが。最近見直ししていて続きのプロットを再度練っているのですが、なんか全体的な世界観を修正したくなってしまっている。ブログを3年近く続けてきたことで、必然的に多くの本を読み、ブログ記事を読み、いろんなことを勉強し、それを文字に起こしてアウトプットを繰り返すことで、思いのほか自分の感覚に変化がありまして。世界観から調整し直すか、根本的にやり直すか……結局また「来年から本気を出す」的な状況になりつつある。

③ 役に立ってる気がしない

 私の場合、一次的な意味でブログは自分のためには書いていません。始めた切っ掛けは藤井聡さんの「国土強靱化」をアシストしたい、というのがあって。その藤井さんにしても、自分のために「国土強靱化」をやっているわけではありません。

 そして現在では読んでくれている方が、まあそれなりに楽しみにしてくれているだろう、というのが主たる動機になっています。そりゃ別に、読者さんにとって「欠かせないもの」でもないでしょうけれど。私の記事を読むことで「面白かった」とか「思考訓練になった」とか「昨日よりちょっと賢くなったぞ」とか思う人が、きっと何人かはいるだろう。パラダイムとか思想とか哲学とか経済とか金融とか外交とか歴史とか安保とかの話であれば、書く前から「面白がって読む人」を想像することができるのです。例えわずかでもニーズはある、多少なりとも自分が役に立っている、というような感覚が実感としてあるのです。
 年寄りの役回りってそういうものでしょう。って言うほど老人ではありませんけれど。「無双!中野学校 はてな分校」ってのがネットにおける自分の居場所であり役割、という気がしています。(本校は休校中ですが)


でも小説だとなあ……

 面白かった!また読みたい!楽しみだ!という人が、いる気がしないんだよな。経験不足で自信が無いから、なのは多分そうなんだろうけれど。継続できていれば多少は感覚が変わってくるのかもしれませんね。或いは「ブログなんて自分で好き勝手にやってるだけだ」「自分が面白ければいいじゃない」という感覚がもう少しあればいいのかもしれません。ただ、日頃の記事では(前回のように)年寄りヅラしてえらそうなスタイル、
「MajiでRou害5秒前」あたりを狙っているので……


 ブログも大して書いていませんが、それでもブログについては、一つの壁は越えられた気がしている。でも小説は、私に限らずきっと初心者にとって、お題に沿ってさくっと書くってのはハードルが高い。「報われなさ」はブログ以上、苦労の度合いも段違いなので小説の方が厳しい。「鍛錬を積む」「賞に応募する」「プロを目指す」みたいな、具体的なモチベーションが無いと、たとえ月1回でも続けていくのはなかなか大変。

④ 環境
 これが一番の問題なのですが! ここまで書いてきたように、①技術 ②リソース ③モチベーション といった問題を自覚しているにもかかわらず、何かを書こうとPCに向かっていると、全然関係ない方向に行ってしまうのです。Youtube、ニコ動のような動画サイトをはじめ、増田日記、クソ記事のブクマチェック、ツイッター、2nn、Amazon楽天、証券口座、等々々……貴重なリソースをあっという間に浪費してしまうのであった。


 これはマジメな話、ブログ文章も含めてになるけれど、PCではあまりにも文章生産性が低すぎるのである。寄り道のし過ぎで、というか寄り道99%。これはポメラのようなテキスト専用マシンを導入することで著しく文章生産性が改善するのではないか、なんてことを考えています。しかしアレも結構お高いし……なんか結局あんまり使わなそうだし……何か良いアイデアはないものか。

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 そうだ、そういや大昔に買ったPCがまだあったはずだ。あれ使えばいいんじゃないか。1999年に買ったやつ。ThinkPad i1124。当時、町田のヨドバシで¥158,000だった。アレなら性能も低くて、今さら遊ぶ気にもなれないハズ。テキストに専念できるのではないだろうか。

しかしそんな古いモノが動くのかな。



俺が初めて買ったノートPCがまだあったぞ。なんて物持ちのよさだ。
しかも、こいつ動くぞ! なんとバッテリも生きてる!ちょっと感動!

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 画面は10.4インチ 800×600ドット、Celeron450MHz、チップは440MX、メモリはMAX搭載で192MB、元はWindows98だったが、後に自分でXPに入れ替えた。無線LANどころか有線LANも付いてない。仮にネットに繋いだところで動画などまともに動かぬ。これは使える!こいつさえあれば、もう小説は完成したも同然か。

(おわりです)



※(知らない人がいるとアレなんでいちおう元ネタ)
MajiでKoiする5秒前 www.youtube.com