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保守派から見た「シン・ゴジラ」(考えすぎ)

 いちおう前回の続き。ここからが本題、続きを書く!とか言いながらほったらかし。色々と書いてはみたものの、まとまらない。すっかりテンション下もがってしまったし。メタ議論の弊害か。自分が何をしたいのか、何を書きたいのか、分からなくなってしまった。そもそも私とニャートさんでは、表面的には共通の話題に見えても、実は全然違う話をしている。そこをハッキリさせずに殴りにいくってどうなのよ。オレのやってることはホントに正しいのか?

 人を殴りにいくと、よくあるのです。結局(勝手に)自分も痛い思いをする。殴られサイドにしてみりゃいい迷惑だね。ごめんね。そんなの最初から分かっていて、それでも敢えてやってるはず、なのになのに。

保守とはなんだ

このあいだのISILのお話で、タイムリーな話をしてくれていた伊藤貫さん。ワシントン在住30年で、年に1,2回、日本に戻ってきている。

fnoithunder.hatenablog.com



今回もご紹介。伊藤さんのお話が論点をまとめるヒントになりそうなので。


www.youtube.com


 これは5年前の動画。厳しく絶望的な話を、簡単に楽しそうに話す。しかも、PattersonなEnglishをskillfullyにexpressionしている感じ、これぞ本格保守、なのか……?

 保守派には、世界各国の古典を熟読し元言語のニュアンスをそのまま伝えたいがために、外来語を多用する人がよくいるのですが、まあ伊藤さんはアメリカ在住ですから、こんな感じになるのでしょう。



 ……あああああ、パタースンなイングリッシュてのはシン・ゴジラのネタなんですが、なんか「思い出し怒り」が始まってしまった。やっぱ一度書いておいた方がいいなシン・ゴジラの話。だって全然いないんだもん同じような感想の人が。特に政治劇の部分が。なんか「ゴジラ」じゃなくて「ゴジラを絶賛してる人」にケチつけて燃えてるような人がいたけれど、ああいうこと書きたくなっちゃう気持ちは分かっちゃう。日本賛歌とか言ってるヤツは脳がお花畑なのか大丈夫なのか貴様それでも日本人かああぁぁぁあぁ!とか、そういう余計なことを言いたくなってしまうのね。ああやめようこれは。いけないね。


 てなわけで、すみませんが今回は脱線します。「シン・ゴジラ」の話をします。日本賛歌とか言ってる場合じゃねえよ日本の酷い現状をちゃんと認識しろよ作中にもちゃんと描かれてたろ現実逃避してんじゃねえよ、みたいなね。ニャートさんと視点は違ってても、そういう問題意識は私も同じだと思っていてね、なあんて媚びへつらっている場合じゃねえか。


 保守派の観点ではイラっと来るところが多かった。そんなの適当に流しておけばいいんですけれど。でも「日本賛歌」とか言われると「エエーーーー……」ってなってしまって。そう思うポイント3つあげておきましょう。一度「気にいらない」と思ってしまうと、あれもこれもと難癖つけたくなってしまう、みたいなところもあるんですけれど。もう今さらですが、ネタバレがイヤな人はここで引き上げてくださいね。既に見た人向けです。あらすじも説明しません。あと、後半の政治劇が特に素晴らしい!の人は読まない方がいいかも、って内容です。そこんとこだけ書きます。

1.現実の震災対応

 言わずもがな。2013年に震災ゴジラ!を上梓されている佐藤健志さんのツイート。




 そのまんま。そういうことです。まあ、映画中のゴジラ退治ってのも、最終的にはホントにうまくいったんだかよくわからない面はあるけれども。現実の日本の対応は酷かった。私も2年前に書いた。

fnoithunder.hatenablog.com

2.日本外交

 上で紹介した動画の前半2:30~8:00あたり。我らが伊藤貫さんが、アメリカの有力な政治学者 Joseph Nye(ジョセフ・ナイ)と元国務副長官 Richard Armitageリチャード・アーミテージ)を、バカだバカだと徹底的にこき下ろしています。コイツら何も分かっていない、彼らが間違っていたことが冷戦終結後20年たってハッキリしたじゃないか、とんでもないバカだと。そのアーミテージにすらバカにされてる現代日本の外交安全保障。ゴジラに出てくる政治家達も、そのまんまアーミテージにバカにされるレベルなのですが「有能な若手政治家」みたいになってる。仕方ねえなって感じで、まあ、それが日本の「現状」なのは確かですがね。でもそれが「現実主義なのだ」と言われるなら、断固違う、と言わざるを得ない。それは「現実」から目を背けているだけだ、と言わざるを得ない。アメリカの「理想主義」に付き従うのは「事大主義」であって、こんなの絶対に「現実主義」ではない。期待の若手政治家が、こんな描かれ方でいいのかよ……

 パタースンさんもねえ。American Unipoler Hegemonisum という、そもそも馬鹿げた、すでに挫折した、あり得ない世界観で、それを現実として、日系人がトップを目指す、なあんちゃって。みたいな、日本人としては情けないお花畑的おとぎ話。日本はアメリカと心中するしかないんかね。ええ加減にせえや。

侍ジャイアンツ番場蛮のごとく描かれるならまだ救いもありますが(保守的には)。それはそれでなんか違う話だな。

3.スクラップ&ビルド

 まあ、確かに日本て昔からそうなんですがね。これに似た話が大石久和さんの「国土学」に出てきます。台風で流されても、地震に破壊されても、全てを津波に押し流されても。家を失っても家族を失っても仲間を失っても仕事を失っても。どんな不条理を受けても、日本人は立ち上がる。大空襲で全てを焼き尽くされてしまっても、核爆弾が全てを消滅させてしまっても。何もかもを失っても、黙ってふたたび立ち上がる。

 それは確かにそうなんです。我々の先祖は確かにそうしてきた。

 ただねえ。そこにあるのは前向きなメッセージであるはずがないんだよ。ただひたすらに悲しみと諦念なんだよ。自分自身のこととして想像して欲しいよ。不条理に家族を失い、恋人を失い、全てを失って。自分だけは何とか生き残って。それでもなお立ち上がらねばならない時。簡単に「また頑張るぜィ!」なんて思うのか。全てを失った人を前にして、そんなこと言えるのか。

まとめ

 だからまあ、「日本の現状」みたいなものは、割とよく再現されているなあ、よくできているなあと。後半は特にそうなんですが、作者側の認識がこのお花畑的状況について「虚構の現状」としているのか「日本の現実」と思っているのか、何を「善し」としているのか、よくわからない。わざと分からないようにしているのだろうか、なんて、思いを馳せる余地がある。(と勝手に解釈しています。作者にどの程度の確信があるのかはさっぱり分からない)


 でね。避けようのない乱暴な覇権国とか、不条理きわまりない災害とかって、日本にとってはどこまでも悲劇であって。悲劇の中に生まれる悲しい喜劇であって。だからいつも日本は悲しみと諦めから始まる。それは日本賛歌ではない。なのにこれを(単純に)日本賛歌だと思うなら、それは日本の現実が見えていないんじゃないか、虚構の日本を絶賛しているのではないのか。本当に、自分のこと、日本のこと、祖国のこととして、認識できているとは、到底思えないのです。上の1も2も3もね。日本人が「現実」から目を背けている、という現実について、考えて欲しい。


 僕はこの映画、日本賛歌とは全く思わなかったので、例えば「スクラップ&ビルド」のくだりとかは、イヤなセリフだなと感じたけれど、でもこれについて駄目だとか違うとかは思わないのよ。ただ、作者はどういうつもりでこれ言わせたんだろう、と考えたりした。でも、ここをを絶賛してる人を見るとね。「そうだ日本はスクラップ&ビルドで頑張るんだ!素晴らしい!」って、それは違うんじゃないの、なんて思ってしまう。感想ってのは因果なものだね。僕みたいな事を考えた日本人が、少数派であっても、そこそこいたなら、あまりイライラすることもなかったと思うんだけれど。全く見つからなかったので。

 やっぱり「シン・ゴジラ」よりも「シン・ゴジラ現象」のほうが、圧倒的に興味深いというか、不思議というか、面白いというか。これが(割と単純に)「日本賛歌」として絶賛されているなら、本当に日本人は現実感を失ってしまっているんだなあと。つくづく思うのです。この現実感の無さこそが、現実の日本の悲劇であり喜劇であると。


次回予告
 次こそ伊藤貫さんの動画からお話を広げよう。なんて次に書くことを規定してしまうと、かえって書きづらくなるんだよなあ。


※「スクラップ&ビルド」なんて、言うは簡単、でも現実は……そんな簡単な話じゃないよね

国土が日本人の謎を解く

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