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オッス オラ極右!

(※ 今回の記事、無闇に漢字が多くてとても読みづらいです。そして「左」「右」の意味するところが文脈によって頻繁に変わります。とても読みづらいです。どうか頑張って読んでみて下さいませ)


うちのブログで扱っている内容、プライオリティは、

① 経済
② 思想
③ 哲学

って感じですけれど。元々は、

① 歴史 
② 政治
③ 外交安保

 なんかの方が得意です。あまりやっていませんけど。あえて避けているのです。色々と事情があるのですが。一番の理由は荒れるからです。予防線的注釈が大量に必要。結局は読みづらくなってワケ解らんようになる。書く方も読む方も虚しいものになるからです。

オラ極右!

 オラ、はてなでは最右翼クラスだと思う。左派が圧倒的優勢であるはてなは居心地が悪いです。だったら右へ行けって? すみませんでした右サイドには居場所がないので勘弁して下さいここに置いてやって下さい。

 っていうかね。左右の定義がおかしいんだよ。


「右翼」「左翼」てのはフランス革命の時の「フランス国民議会」のレイアウトに語源がございまして、右翼とは「保守派」に該当します。よって私は「極右」で間違いありません。でも、この定義だと急進改革派である安倍政権は左翼に該当してしまいます。マジですよ。

 保守主義の父、エドマンド・バークによれば「理性」で人間を統治できる、と考えるのが左翼です。左翼とは理性主義、合理主義のことです。何か一つの「合理的な理論」に基づいて一律のルールを策定し「理想的な社会」を設計し、改革し、統治できる、と考えるのが左翼です。


① 社会全体の合理性を追求することで個々人の幸福が実現する、という理論が社会主義

② 全ての個々人が勝手に合理性を追求するのだから、「社会」を無くすことでしか「理想社会」は実現できない、という理論が自由主義


 例えば(あからさまではありませんが)1980年代頃からの自民党政権が掲げている、そして当時より世界の主流でもある「市場原理主義」は、全ての個々人が理性的・合理的である、という大原則があって成り立つ理論です。ゆえに個々人の合理的判断を阻害する全ての「規制」を改革・撤廃するのが原則。決して「金持ち優遇ありき」の理論ではないのです。

そういう原理原則により理想的な「自由主義統治」が完成する。
理論上はそういうものを目指しています。


 いずれにせよ、特定の原理原則に従い、理性で、理論で、合理的に、理想的な社会を構築・統治できる、という意味で、自由主義社会主義も同じ政治体系にカテゴライズされます。出発点が真逆。終着点も真逆。左から右へ向かうのが自由主義。右から左へ向かうのが社会主義。道は一本しかない。


 こんな原理原則など、どちらも嘘っぱちだと気付いている人も多いはずです。社会主義の失敗は明らかですが、対する自由主義だってそのまんま「失われた20年」なのだから。格差は拡大する一方。度重なるバブルとその崩壊で不安定化は極まってゆく。社会主義の方は「国家の失敗」なので国家が崩壊しましたが、自由主義では失敗した個々人の自己責任。ゆえに個々人が個別に勝手に崩壊していき、国家は決して崩壊しない。というより、国家を経済活動から締め出して消滅させるのが現代自由主義の究極の目的です。安倍政権が目指しているのはそういうものです。ご本人はお分かりでは無いようですがね。現代左翼って「国家」の概念嫌いでしょ?自由主義と左翼は相性がいいんですよ。


 「左翼」てのは、その理想の高さ、真面目さゆえに攻撃的になり、内ゲバを始めてしまうってのが定説ですが。今の世間では「右派」による「左派」叩きの方がスゴイ気がしますね。でもこれオラ極右からすると、左翼同志の内ゲバに見えます。論敵を「右」とか「左」とか安易にくくって叩いている人は「左翼の内ゲバ的な振る舞い」をしているんだ、と思っていいでしょう。21世紀の「日本」なんて、延々と勝手に内ゲバを繰り返して自滅してるだけなんだよ。何が「失われた20年」だよ。


 「自民党をぶっ壊す」小泉自民は大人気でしたね。あれが内ゲバの始まり。有言実行。見事にぶっ壊しましたね。そして「日本」はその後の自民の安倍や麻生を叩き潰し、鳩山政権を誕生させました。史上最高レベルの支持率でしたね。それが半年足らずで70→20%へ。隆盛を極めた民主党は崩壊、そして安倍政権に戻る。それが「日本」の姿。小泉や鳩山に「日本」は熱狂していましたね。これを「内ゲバ」と呼ばずになんと呼ぶのだ。


つまり「日本」は「一億総内ゲバ」なんだよ。死ね。


 てなわけで右派左派論争ってのは実のところとてもバカバカしい。右翼なんてどこにもいないのに。とにかくもう内ゲバはやめて同族同胞を助けることを考えようぜ。もういいかげん次のステージに進もうぜ。だから私は経済と思想の話ばかりしているのです。おかげで人が来ないというね。仕方ないね。オラ極右だからね。「日本」は一億総左翼だからね。

合理的でない統治

 人間はそんなに理性的でもないし合理的になれるものではない。色んな感情があって、人間も社会もそんな簡単に割り切れるものではないだろう。人それぞれ地域それぞれ国それぞれ時代それぞれの事情があり文脈があるんだから、個別にいちいちケースバイケースで対応せねばなるまい。人々・地域・国・時代が紡いできた文脈を大事にする、ってのが「保守主義」です。ゆえに「保守主義」には具体的な原理原則などはないし、策定のしようがない。本来は「主義」などと呼べるようなものではない。



(ここでのお話はバークではなく、コールリッジの論が中心ですが)


 合理主義、理想主義、自由主義進歩主義の蔓延る現代において「保守」は壊滅状態。絶滅危惧です。本場イギリスで、保守はもうだめかもわからんね、と言われて二十余年。だいたいそもそも近代工業都市なんて、なんの文脈も無く出現したものなので、保守すべき「文脈」が最初から存在しない。あるとしたら、最近の主流である自由主義の理想を極める、という「文脈」しかない。


ああそうだ。「文脈がない」という意味では「ネット社会」ってのも似たようなものかも知れないね。


参考文献

保守とは何だろうか (NHK出版新書 418)

保守とは何だろうか (NHK出版新書 418)


※ あえて「同士」→「同志」と書いています。