禁煙

 ああなんてこった七年も禁煙してたのに。ついに吸ってしまった。いったいどうしてこんなことに。せめて50歳になるまでは禁煙続けようと思っていたのに。いやしかし、よく考えてみたら、先週もタバコ吸ったような気がする。あれ気のせいだったか……いや吸ってた、うん吸ってた。しかしなんてまずいタバコだ。辛いやら苦いやら。いったいなぜ俺はこんなものを吸っているのだろう……?


 というところで、はっと目が覚めた。あれ、俺ふとんの中じゃないか。今タバコ吸ってたの、夢だったのか? ホントに吸ったんだっけ。いや吸ってないよな。いやでも、そういや先週は確かに吸ったような気がする。あれも夢だった……?


 寝ぼけながら半信半疑でそんなことを考えていたら、すっかり目が冴えてしまった。枕元の時計を手探りでさわる。ライトが光る。夜中の3時を回ったところだ。

 リアルな夢だった。あの辛さ、苦さ。ホントに吸った感触が残っている。恐ろしいまでの脳内再現。完璧だった。吸っていないということがにわかには信じられなかった。あのタバコは何だったろう。かつていつも吸っていたマイルドセブンではなかった。あの味、あのまずさ、絶対に覚えている。確かに先週も夢の中で同じタバコを吸っていた。



俺の喫煙歴は20年以上だ。
やめる直前にはマイルドセブン10を一日30~40本吸っていて、15年間くらいずっとそうだった。禁煙を始めたのは2009年の5月だった。

 本当に「ニコチン切れ」の禁断症状が辛くてたまらなかった、というのは最初の3~4日くらいだけで、一ヶ月もすると取りあえずは平気になった。自分でも驚くほど平気だった。やめてしまうと、ああこんなものか。あれは単に「依存症」だったんだ、と思う。しかしだ。

 その後はずっと体調がおかしかった。禁煙特有の症状が続いた。禁煙鬱っぽくなり、便秘になり、不眠になったり昼間に眠くなったり。無呼吸症候群みたいな症状。そんな体型では無いはずなんだが。体重は7キロも増えて、健康診断では明らかに血液検査の値が悪化。1年間以上、露骨に不健康になっていた。いったい何のための禁煙なのか。

 時折、飲み会だとかお客先の休憩室でタバコの煙にまかれたりする。その場ではなんともないのに、翌日の朝になってから何となく禁断症状が出て原因がわからずイライラしたり。

 タバコを吸う夢は3年間くらいは度々見る事があって、しまった、と思ったら目が覚める、ということがよくあった。そのうちタバコの夢にも慣れてきて、タバコを吸い始めると、ああどうせこれは夢なんだ、夢の中でなら吸ったって構わんだろう、なんて夢の中で考えることまでできるようになってしまった。


完全にタバコから脱却するまでに3年かかった。

3年経ってようやく体調の悪さや眠気、鬱も解消した。飲み会で煙に巻かれても平気だし禁断症状も出なくなった。夢に見る事もなくなった。


そんなつもりでいたのに。7年目でこの症状とは、いったいどういう事なのだろう。


 心当たりとしては、会社の同僚で10年近く禁煙していた隣の席のTさんが再開してしまったことか。昨年から吸っているのだが、最近は予算の都合なのか銘柄がエコーという格安タバコになった。喫煙所から戻ってくると結構匂う。エコーってかなり匂う気する。きっとTさんがタバコを再開してしまったのが原因だろう。近頃匂いが気になっていたのだ。

でも、俺がさっき吸ってたのはエコーではない。エコーは今までに吸った記憶がない。


そうか思い出した。思い出したぞ。あの味。あのまずさ。
俺がついさっき吸ったタバコはパーラメントだ。間違いない。


 今だから書いてしまうけれど、禁煙は二度目だ。ずっと以前、四半世紀以上前にも禁煙したことがあった。19歳の時だった。あの時も禁煙は順調に続いていた。4ヶ月程たったある日。藤沢駅に降り立ち改札から南口へ出ると、朝っぱらからキャンギャルが駅前でタバコ配っていた。1980年代の日本では、それが当たり前の光景だった。試供品の薄べったい箱で7本入りのパーラメント100sを俺はにこやかなお姉さんから受け取ってしまったのだった。

7本くらいいいか。どうせすぐ無くなる。

 4ヶ月ぶりに吸ったタバコはあまりにもまずかった。うっわっなんだこれ。酷い味だ。こんなもの吸い続けられるものか。まあいい。どうせたかが7本だ。3日目には無くなっていた。俺はあまりのまずさに苛立ってしまい、口直しにラークマイルドを買ってしまったのだった。


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※ あとがき
 掌編小説風。書き上げてから思ったのですが、こういうのって増田に書いた方が読まれるかもなあ、なんて。でも勇気がないのでここに上げておきます。