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「怪物」とは何だろうか

真山秋春さん、ブログ終了とのこと。
遠からずブログ削除されてしまうみたいです。

yama-aki1025.hatenablog.com
はてなブックマーク - このブログを終わりにしようと思います。 - ライティング・ハイ


 真山さんがどのくらいうちのブログ読んでたか分かりませんけど。あんまり納得のいかない話が多かったでしょうか。

 お互いに話が合わないのであれば「人それぞれ」とか「おまそう」で済ませてしまえば話は早いし何も問題は起こらない。のですが、それだけだと僕は寂しい。ありきたりな別れの挨拶もなんだし「怪物」について思うところを書いてみます。単に私が書きたいだけなので以下の話は「おまそう」でも構いません。真山さんだけに言いたいって話でもないし、もちろん真山さんのことを書いてる訳でもありません。



 真山さんは以前から時折「怪物」という言葉を使ってますね。「のべらっくす」の短編小説でも出てきたし。これ例えば「はてな村」だったら「モヒカン」とか「手斧」投げつけてくる輩を揶揄されている気がしましたが、意味合いとしてはもっと大きくて抽象的なニュアンスなのかな。うちでよく出てくる、オルテガの「大衆」に近い気がします。


怪物とは何か。怪物とはプラトン哲学にも出てくる有名な比喩です。

とってもわかりやすいプラトン哲学入門の入門のお話。と言っても、かなり端折られた10分程度の小話ですけど。


www.youtube.com


藤井聡さんも「怪物」って言ってますね。世の90%くらいは怪物だそうです。
「怪物」の言い出しっぺはプラトンさんだそうですが。*1


プラトン哲学によれば、そもそも人は生まれつき怪物と思って差し支えなさそうです。
個人主義とか自由主義を徹底的に徹底すると、怪物が世界を支配するようになる。25世紀も前からそう考えられていた。基本的人権なんて「怪物権」と思って差し支えない。フランス革命以後200年かかって世界中に浸透していき、同時に科学や医学が発達し、人は死ななくなり、どんどんわがままになり、そして21世紀、ついにネット社会の発達により「怪物の怪物による怪物のための世界」が完成したのです。

(この人フランス革命好きだな~、とか言わないでね ☆)


 まー今更ですけどネットで何かを発信するのなら、そういう世界だ、という前提でやらなければならない。それを分かりつつ発信しなければならない。ネットに限った話じゃないかな。現実でも同じ。理想郷とは程遠い、魑魅魍魎跋扈する世界。ブログで好き勝手書くのは自由だと言ってしまえば、好き勝手ボロクソに叩く文言を発信するのも自由だってことにね、なってるんです。かように本来、レッセフェールとはとことん不自由なものです。なのに。それこそが「自由だ!自由なのだ!」と言ってるんですよ皆さんが。好きこのんで自縄自縛プレイやってるんですよ。呆れますよ私は。レッセフェール状態で不特定大多数の怪物を御するとか黙らせるとか有り得ません。アホらしい。最初っから根本的におかしいんですってば。
 
 でも、そんなの敢えて全て無視して闘っている人もいる。辛いことだと思う。それは結局「理想郷じゃない!」と訴えているように見えてしまいます。でも、それをシロクマ先生に伝えること自体は大事かも知れません。こういうヤツだっているんだぞって。

最近私がそう思っただけです。

 
 逆に、そういうの理解した上で現実を闘っている人もいます。手斧を投げつけているヤツが全員怪物なわけではない。獅子だっています。哲人を目指してる人も。そういう人を私は知っています。


 最近だとウェーイがどうとか、はてなコンテクストの断絶がどうとか嘆いたりぼやいたり分析したりしてる人がいましたね。あー古参うぜえ!うざ過ぎ!何様なんだよ。はてなのコンテクストとか俺知らねーし。そんなの俺に何の関係があるってんだよ。

 しかし、このコンテクストとは「古参」が設計・策定したルールではありません。酷いカオスのさなかで、少しでもマシなものが模索されて続けてきた軌跡のことです。そりゃ目を覆わんばかりの酷いこともあったでしょう。「古参」だって好きこのんで言っているわけではないのです。色々あって多くを積み重ねてきて、ようやく少しはマシになってきたのかと思ってたけど、やっぱりまたカオスへと輪廻していくことへの諦観や挫折。やっぱりまどかは助けられないのかと。彼らはそういう話をしています。


 ウェーイとか揶揄されてた人にも、そういうの経験的に分かる人はいる。コンテクストにはそれ相応の重みがあるって。うぜーけどまあ仕方ない。俺の肌には馴染まねーけど一応聞いておくか、みたいな人もいた気がしました。それを「小賢しい」とか「大人の対応w」ができる器用な軟弱者、そんなの俺には我慢できん、とか見限ってしまっても構いませんけどね。

しかしそれでは永遠にカオスを彷徨う「怪物」となってしまうかもしれません。



「じゃあいったい、どうしたら、いつになったらまどかを助けられるんだ」ですって?


まどかは助けられません。まどかは怪物だから。私もあなたも。

まどかが個人的に助かることはありません。原作の通りです。
ほむらはまどかを助けられないのです。



 この世は怪物にならないとやっていけない、なんて訳ではありません。私はあえて怪物になってブログを書いている、なんてことはありません。逆です。あえてもう一度言いましょうか。最初から怪物なんですよ我々は。(いや私じゃなくてプラトンがそう言ってるんですよ)
 でもこれは居直りじゃあない。私がブログでなんやかんやゴチャゴチャ書いているのは、怪物からの「解脱」が目的です。洞窟の外を目指す。光の差す方を見つける。正しいこと、美しいもの、真理を探求する。哲人を目指す。幸いなことに仲間もいるようです。



……とまあ、今回はこんなもんで。なんか中途半端ですが、哲学ネタはなかなかに壮大なので、ボチボチ継続的にやっていこうと思います。次は、コンテクストを軽視しない方がいいのはなぜなのか、辺りかな。



真山さんの小説、私は結構好きなのでまたそのうち読ませて下さい。よろしくです。



※)ご参考www.gstrategy.jp

 藤井聡さんの哲学入門動画。上で紹介した動画が面白かった、という人はぜひ他のも見てみて下さい。

 ブログ終了の案件なのにこんな話もなんですけど、私は二年前にこれを見まして、第三回を見た時にブログをやる決心をしたんだったなあ、と思い出しました。

(でも私的には、哲学の話は佐伯啓思さんの方が好きかな)



安いのはいいんだけど……ちょっと難あり

*1:プラトンによれば、ソクラテスが言い出しっぺらしい