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なんでブログを続けるの?

Strategy

(今回は長文、通常の三倍、4700字でオチはない。お時間の取れる方限定になります。ご容赦下さい)
 
 ブログでブログ論というメタな話。

 ブログの書き手にとっては大事な話なのですが、読み手にとってはあまり関係ない話なので、あんまり書かない方がいいのかな、と思っていました。が、よくよく考えてみると、弊ブログ読者には書き手も多いんだった。特に、「何を書こうが、書けば必ず読んでくれる人」となると、結構書き手率は高い気がする。


 なんでこんなこと書いているのか、と言えば、ブログへのモチベーションが、なんだか下がっているからです。下がっている、というのともちょっと違うかな。何というか、自分が何を書きたいのか、何を書いたらいいのか、よく分からなくなっています。書く「しんどさ」が増しています。そんなに書くのがしんどいならやめてもいいのにね。原稿料も広告収入もないんだし。誰に頼まれてるわけでもなし。無理して続けるようなことじゃない。


 ただ一年以上も続けるとね。ここでやめてしまっていいのか、ってのはあります。これまで一年100記事弱、つまり平均で週2記事くらいのペースで書いてきました。ゆえに一週間以上空くと、そろそろなんか書いとかないと……なんて考えてしまいます。逆に3日で2記事書いたりすると、ああ、これで一週間くらいほっといてもいいか、なんて思ったり。最近ではすぐに10日くらい放置してしまいますね。


 ブログを書く意義が、なんか変な義務感に駆られているというか、どこかおかしくなっているというか。私と、割と近い時期にはてなブログ始めた人で、最近モチベーション下がってる、とかスランプだ、という人が複数いたので、二年目突入ってのは、色々考えてしまったり迷ったり、そういう時期なのかもしれませんね。


 私がブログ二年目に当たって考えていたのは小説ブログを始めることでした。*1 私以外にも、二年目ということで?なのかは聞いていませんけど、「エンタメ動画をつくってYoutubeに上げるよ」とか、「一年間続けてきたブログの他に、歴史・神話などの研究ブログ始めました」とか、そういう人達がいて。「ユーチューバーになりたい!」なんて人もいたのにはビックリしましたが。オイオイ大丈夫なのか……なんて心配になったり。ってまあ私が心配するような筋合いではないんですけど。


 ブログを始める前は漠然と、ブログとかやってる人ってのは「モノを書いたり表現したりするのが好きな人、得意な人なんだろう」と思っていました。無償で貴重な情報や知識を提供してくれる、ありがたい存在、ってな感じで。書いてる人の気持ちなんて深く考えたことなどありませんでした。


 で、実際に自分で始めてみるとね。思いのほかしんどいです。なんの手応えもないし。SEOはてブも解らない情弱だったし。公共政策や保守思想なんて「はてな」じゃ全く人気ないし。


 はてなブログ見てると、記事1~3回以下でやめちゃう、全然続かない人って結構いるんだけど、分からんでもない、けどねえ。ちょっとそれはどうかと。1ヶ月くらいでやめる人も多い。これはわかる。なんかすげー無意味なことをしてる気になるんでしょうね。私もしばらくは10PV/Dayくらいだったし。これは人気ブロガーさんには分からない感覚かも?
 
 3ヶ月くらいで途絶えるブログも多いです。結構人気があってPVも万単位の記事がある、ようなブログなのに、意外と続かなくてガッカリすることがあります。面白いのに。やっぱしんどいんでしょうかね。しんどい割になんせ手応えがない。見返りが薄い。割に合わない。なんだか虚しい。あとは思いのほか収益が上がらない、というのもあるのかも。


 振り返ってみると私の場合、当初の半年くらいはいつ途絶えてしまってもおかしくなかったな。この時期続いていたのは、コメント欄で相手してくれていた人のおかげです。6、7人はいたよ。私は(勝手に)仲間意識を持っています。みんなどこへ行ってしまったんだ? ……水輪ラテール……


 私ほどの寂しがりだと、ブログは無理なのかも知れません。ブログとは基本孤独なものです。そんなこともあって、読者の登録してる人のところにはコメント(ブコメ)残したくなるんです。ブログ続けて欲しいし、モチベーションの足しになるんじゃないかと思って。いい記事を読ませてもらった、と感謝の気持ちを伝えておきたい、というのもあるし。最近はツイッターもボチボチ使ったりします。この子は伸びるぞ!なんて勝手に期待してたらあっという間にぶち抜かれてた時は嬉しかったな。

 
 あと、「無双!中野学校」の存在も大きかった。

中野学校 跡地)chokumaga.com


 中野剛志氏が毎週一回、中身の濃い話を教えてくれるんだから、俺だって自分なりの水準で、精一杯記事を書き続けるぞ!月一回の質問コーナーでも何度か取り上げてもらえたし!俺がブログを書き続けるのは中野さんとの約束なんだ![要出典]



 ただまあこの時期、「書きたいネタ」そのものに困ることは全くありませんでした。暇な日が一日あれば記事の下書き3本書けた。時間があればいくらでも書けたんです。書きたいことはいくらでも出てきた。書けた。

「書きたいこと」に行き詰まりを感じ始めたのは11月頃からでしょうか。だいたい「書きたいこと」は一巡した、感じになりました。公共政策、経済学、経済史、なんかで「書ける話」は概ね書き尽くしたような状況。


 この時期は「リフレ政策」や「異次元緩和」で相当ゴリ押ししています。まず「リアルでの経済議論で頭に来た話」を書き、続いて「はてなダイアリーで見かけたリフレ記事」の批判記事を書き、さらにその言及記事のリンク先のリフレ記事があまりに酷かったのでまた頭に来て、ダメ押し批判記事まで書き。
 これはとにかく論破して相手を黙らせるのが目的化していて、そういう自覚もあって、わざとそうしています。あまりいい感じはしない。ので月末には相対化するための記事を書いています。なんだかなあ。


 でまあ、12月頃から方向性が変わってきています。私が2014年に最も影響を受けた人は佐藤健志氏、佐伯啓思氏、なので、今後はこの両者の保守思想についても書いていこう、と思ったのです。今年になって何度か書いた「世代論」も、佐藤氏から学んだ思想がベースにあります。

 がしかし。まだまだ思想が自分のものになっておらず、「書きたい」けど「書けない」感じです。書けないのです。しかし、なぜこれを書こうと思ったのか?というのも問題でして。


 例えば前回の「大阪都構想」の記事はどうでしたか。半年以上も弊ブログを読んで頂いている方だと、5,6行くらい読んだところでだいたい展開・結論は予測できてしまったのではないでしょうか。

 特に政治マニアや事情通の人だと「維新=橋下・松井」っていうより「維新=竹中・岸・堺屋・古賀・高橋(洋一)・江田」でしょう。「小泉構造改革」のメンバーばっかり。要するにフリードマンマンセー派じゃないですか。この辺にウンザリしてる人にはもう以心伝心で、私のブログなんて水戸黄門並みの見事な予定調和記事ですよね。タイトル見れば、読まなくたって何が書いてあるか分かってしまうという。マンネリ過ぎて、安心して読めますね!


 でも、今年くらいから読んで頂いている方だと、そこまでは馴染んでないと思うので、都構想反対にしろ賛成にしろ、何かしら得られるものがあるんじゃないか、という気もします。定期購読ではなく、はてブから来る方も同様。(最近はやたら少ないですが)


 それにね、やっぱ今は橋下・藤井・都構想ネタは検索流入が増えるね。旬だね。前回は問答無用のコメントも付いてしまったし。

 Googleアナリティクスで見ると、この一ヶ月では「大阪市」からのアクセスがダントツに多く、なんと全体の約15%が「大阪市」。 そうすると、このテのネタを書いておくと取りあえずなんか「社会的に意義」があるっぽいことしてるような気にもなれるね。


 ブログなんて「好きに書いていい」と言っても、やっぱり読者あってのブログなんですよ。その読者に「層」みたいのが出来てきた感じはする。大雑把には従前からの読者と、割と最近の購読の方と、検索から来る人。以前、うちのブログは「濃い読者が多そう」というコメントを頂いたことがあって、なんか言い得て妙だなあって気もしたのですが、読者の皆さん如何なんでしょうか!?


 で、やっぱりね、心情的に気になってしまうのは古くからの読者層なんですよ。一定数いるROM専の人々にも、全然知らないのに、なんかシンパシーを感じるのです。その人たちに、「また同じネタやってる」「既視感あるなあ」なんて思われるのが怖いのです。こんな記事ばかり書いてたら離れていってしまう、っていう恐怖があるのです。

 改革や金融の話は、もう今まで通りに書いてたら駄目なんだってのがどうしてもあります。維新のネタは大して書いていませんけど、これだって主語が変わっただけで構造改革批判なのは一年前から同じ。なにも変わっていないじゃないか。

 一年以上読んでくれている人に「面白い」って思ってもらえる記事を書きたいのです。でもこれが難しい。書けない。多分たまには書けてるんですが。5~10回に1回くらい?
 
 前回の記事とかが典型で、いやいやこんなん書いてたら絶対駄目だよ、マズイよ、って思ってしまうのです。でももしかしたら、私にとっての「同期の桜」的なブロガーさん達も、同じような悩みを感じているでしょうか。

ここからは蛇足です

 私はブログの書き手であると同時に読み手でもあります。そんな人は結構多くて、互助会じゃないけど、なんとなく、仲間意識みたいのは(私は)あります。のでまあ、ちょっとライバル意識みたいのもあったりします。で、やっぱり私は「エンジニア」なんですわ。仕事もメカトロ制御系のエンジニアなんですけど。どこまで行ってもエンジニアの文章なんです。私の書くものは。どんなに修辞技術を工夫してもね。なんか明らかに違う。芸術的じゃない。技術的に見えてしまう。

 だから?なのか、「アーティスト」に強く憧れてしまうのです。私の購読しているブログには非常にアーティスティックな方がいます。彼らの記事を読むと、


アーティスト>>>>>>>>>(越えられない壁)>>>俺


をハッキリ感じてしまうことがあります。そんな時は(おお、なんか今スゴイものを読んだぞ……)と思いつつ、素直にブコメしたりスター付けたりします。とまあここまではいいんですが。
 で、自分も記事を投稿しようと思っていたのに。躊躇した挙げ句、投稿をやめたことがあります。推敲し直して、翌日以降に上げたのですが。あまりにも自分の記事がみすぼらしく思えて、ちょっと同じ日に上げる気にはなれなかった。上げることが出来なかった、ということが。2回ありましたよ。

ええ、坂本さんとりっちゃんのことですよ。

なんて書くとブレッシャーに感じてしまいますかね?これは孔明の罠ですので、適当に読み流して下さいね。というわけで皆様、今後とも弊ブログを見限ったりせず、生暖かく読み続けて頂ければ幸いです。よろしくお願いします。
 

 ※:
(「坂本さんとりっちゃん」とはid:sakamotoakirax さんとid:shizukado さんです)

*1:小説ブログについては、先日ちょっと書きましたが、最近は実務の方が残業100Hr/月ペースなもので、全然開始メドは立っていません