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司馬史観

226事件の頃から「昭和維新」が叫ばれるようになりました。
このことについて歴史の授業では、


 226事件以降、日本は軍国主義に走り、道を誤った。


皆さん学校ではそんなふうに習いますよね。マスコミの扱いも似たようなものです。物語の世界では前回名前が出てきた、司馬遼太郎さんの小説が典型です。明治の日本は凄かった。しかし大正の頃から停滞し、昭和に至るとダメダメな悪の帝国になってしまった、というもの。これ、いわゆる「司馬史観」と呼ばれているものです。現代日本ではこういう人は結構多い。


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 この「司馬史観」というヤツは、いわゆる世代論になっています。簡単に言えばこんな感じ。


 明治維新を担った「江戸世代」は立派だった。しかしその二世である「明治世代」が調子に乗って日本をぶち壊した。そして三世である「大正世代」(明治末期~昭和初期)がその犠牲になった。


これには一面の真理はあるのだろうとは思います。

私だってこれを否定することはできません。


これ実は、現代の日本に置き換えても殆ど同じように表現することが出来ます。


 戦後復興を担った「大正世代」は立派だった。しかしその二世である「昭和世代」が調子に乗って日本をぶち壊した。そして三世である「平成世代」(昭和末期~)がその犠牲になっている。


という具合。


 こういう具合に世代間対立の図式で考えてみると、結構的(まと)を射ているように思えますね。有名なはてなブロガーの田舎ヘイターの人もそんな記事を書いていたような。タイトルしか見てないので中身は知らないんですけどね。


 このこと自体が重要だとは思いたくないのですが。でもやはり昭和世代はもっとこの事実に自覚的になるべきでしょう。昭和二十年世代のお花畑な左翼思想、三十年世代の安直な構造改革思想、四十年世代の安っぽい個人主義思想。歴史に興味のない保守。安全地帯からの勝ち組の自己責任論。


若い世代がいかに難儀しているかが解っておらず、安易に考えている。甘ったれるなとか根性が足りないとか。問題の本質が解っていないように思います。


 ああ、とても大きな主語で安易に括ってしまいました。すみません。俺は違うぞ、という方も居ることと思います。でも周りにいる、同年代の連中の面々を思い浮かべてみると如何でしょう。ああ、あいつらの事か、なんて具合に得心がいきませんか?


 なぜいつも世代論が出てくるのか。こういう世代間対立があるのは確かでしょう。不幸な、悲しいことです。そしてこの世代間対立論はありがちで、しかも的を射ているように思える。でも本当は問題の本質ではない。これを乗り越えねばなりません。ここに囚われていては先に進めず、日本は相変わらずの自滅サイクルを繰り返してしまうことにもなりかねない。

じゃあ問題の本質、とは何なのか。

について、また次回以降、引き続きやっていく予定です。


明治維新」「昭和維新」の次に続く現代の「平成維新」とは、いかなるものなのでしょうか。