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学問のすゝめ

 えー、学問のすゝめは、かの有名な福澤諭吉先生の書です。1870年代、日本の人口が4000万人足らず、だった時代。流通網も出版業界もまだまだ未整備だった時代に、なんと延べ300万部も発行されたという、ある意味日本最大最強の恐るべきベストセラー。それが学問のすゝめです。かれこれ140年あまりもたっているのですが、タイトルだけなら、今でもおそらく日本で最も有名な本の一つと言えるのではないでしょうか。本ブログのタイトルも福澤先生のパクリ、いえリスペクトとかオマージュとか、そんなやつ、ですってば。

「学問のすゝめ」

 ご存じの方には釈迦に説法ですが、簡単に解説を。学問のすゝめ、と言えば、

「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず」

という件(くだり)がやたらと有名ですよね。というか、ここだけが一人歩きしている感じ。これだけ聞くと、福澤先生って、なんか「左翼系人権派」の人なのかな、なんて気がしてしまいますね。でも福澤先生は「人類は皆平等だ!」とか、そんなことが言いたかったわけではありません。それに、そもそもこの部分は福澤先生自身のお言葉ではないようです。

実際に「学問のすゝめ」をよくよく見てみますと、

「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らずと云へり」

となっています。「~と云へり」というのは「~と言われている」ということですので、やはり引用っぽい。

 じゃあ元ネタは?と言うと、アメリカ独立宣言文にある言葉の引用、という説が有力です。この独立宣言文は、アメリカ建国の父の一人、トーマス・ジェファーソン氏が草案を考えました。アメリカ第三代大統領です。

じゃあ、そもそもの意図は何?

この「天は人の上に~~と伝へり」に続けて、こう書かれています。

「されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるものあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。」

 つまり「人類皆平等みたいに言われてるけど、実際に世を見てみれば全然違うじゃないか。これはいったい何なんだ?」という流れになっているのです。

開国期

江戸末期、日本は攘夷か開国かで大いに揺れていました。当時アメリカ、そしてヨーロッパへと視察に渡った福澤先生は、欧米と日本では、凄まじいまでの文明格差があり、事実上攘夷など不可能、と悟ります。しかし欧米にいわれるがままに開国などしてしまえば、我が日本は荒らされ、食い物にされ、ボロボロにされてしまう。日本はいったいどうすればいいのか!?


 そこで「学問のすゝめ」というわけです。とにかく勉強しようぜ!それしかない!と。日本人一人一人が、生きた知恵を蓄えて独立自尊を目指せば、自ずと日本は強くなり、独立自尊を保つことができる。これぞまさに国民強靱化、日本強靱化、なのです。「富国強兵」なんて言うと野蛮なイメージがついてしまいましたが、日本人が、日本国が、野蛮極まりない世界で生き残るために、必要なことだったのです。


 実際に、日本が開国した時期には絶望的なまでの文明格差があったにもかかわらず、福澤先生は、いずれ日本はこれを跳ね返し、数十年後には、独立自尊を完全達成、あんときゃー大変だったよな~なんて笑って話せる日が来るだろう、というような言葉を残しています。そして明治時代を生きた人々は、不平等条約や人種差別の屈辱に耐え、必死に勉強して国を強靱化し、明治の末期には不平等条約の全てを跳ね返したのです。


(多分次回に続きます)

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