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ブログでは政治に言及しない方がいい?【前編】

 今回のタイトルは、以前の記事、この辺の話の関連です。

この記事ではSizuka Ritsuさんの記事を引用させて頂きました。以下の記事です。

以下、一部抜粋。

自分は、現代日本の政治について記すつもりが基本的にありません。
深い理由は無いのですが、「政治について深く突っ込むと、視野狭窄と思考停止に陥りそう」という直感がどこかにあるからです。
 
乱暴な言い方をすると、さらに馬鹿になりそう。

 
 砂手紙さんも第一回の記事で、政治関連の記事を書かないようにする、と言及していらっしゃいます。

以下、一部抜粋。

時事、特に政治の話は極力しない。昔の雑文読んでて、政治に関する悪口くらい風化しきっているものはないですからね。これもまぁ、戦前の話ならともかく、小泉自民党田中角栄の話はちょっとうんざりする。多分文章なんか書く人は、政治記者のような専門職を除くと、知らないことについて書くことの弊害が一番出やすいのが政治問題、ということなのだろうか。

 
 お二方とも、ブログでは政治関連を取り上げない方針とのこと。あくまで個人的な見解。とはいえ、殆どいつも政治経済ネタを扱っている者としては看過できないご意見です。これはいったいどういうことだろうか。もしかして自分は馬鹿なこと、恥ずかしいことをを書いているのではないだろうか。

時事ネタ

 とは言うものの、お二人の仰ることもよく解ります。実のところ、私も時事ネタは殆ど扱っていません。これはブログ開始当初からの私のポリシーです。ニュースは原則扱わない。数日でほとんど色あせてしまうものに、私如きが文章で付加価値を付けることなど出来ないし、そういう技術も知識もないし。ので、無理矢理になにか見解を書いてみて、例えば一月後に読み返したら、情けない思いをするであろうことが容易に想像できます。

荒れるネタ

 食いつかれたり、荒れたりしそうなネタも避けます。例えばTPP交渉、いわゆる「従軍慰安婦」、原子力発電、憲法改正ヘイトスピーチなど。一家言あることはありますが、原則としてこういうのは扱わないことにしています。ヘンなのに粘着されてもアホらしいし。「経済学」も相当馬鹿馬鹿しい。開き直って馬鹿馬鹿しさ全開で書いた記事もありました。


 
 あとは、政策の個別各論レベルではよく解らないのでしない。政治家個人の擁護も避けよう、と思っていました。例外的に麻生太郎氏を中途半端に擁護したのは以前に言い訳したとおりです。
 
 
 一度、G7とか日米安保がらみの記事でオバマプーチンなど出てきました。時事ネタで深く突っ込んだのはあれくらいでしょう。あれも元は「無双!中野学校」の宿題で、中野校長先生から教わった話が元ネタ。なので、そんなにリスクはありませんでした。それに歴史を絡めてルーズヴェルトトルーマンケインズビスマルクなど、50~100年前にまで話をつなぎましたし。でもG7のところは、あの程度でもちょっと後悔しています。
 
 という訳で、私自身も政治ネタはハイリスクだ、とか、つまらんことになるだろう、という自覚があり、その予防策としてかなり制限して記事を書いています。それでも政治ネタのブログをやることには意義があると思っています。目安として、例えば2020年頃に自分で読み返してみて「なるほど!」とか「鋭い!」とか自画自賛できれば素晴らしいなあ、と思っています。

政治とはなんだろうか

 そもそも「政治」とはなにか。実は意外と抽象的な言葉です。具体的に中身を挙げてみると、経済・外交・安全保障・警察・司法・宮内・教育・国土整備・交通・環境・財務・金融・復興・エネルギー・労働・健康・地方自治、etc。政治の仕事とは、細かく見ていけばそれこそきりがない。
 このように、一口に「政治」と言っても色々有るわけで、その殆どは私のよく知らないことばかり。で、それぞれのタスクにそれぞれのプロフェッショナルがいるわけです。プロの仕事は当然プロに任せるべきで、素人がいちいち口出しするべきではないし、ヘタに口出しすれば恥ずかしいことになります。当たり前ですね。
ところが、政治や行政に限っては、

「政治家・公務員は国民(市民)の下僕だ」

 なんていう意見は割と一般的のように思います。国民と公僕は主従関係にあって、国民は彼らがちゃんと働いているか、おかしなコトをしでかさないか、主人として監視しなければならないという態度。

 サボっているなら問題外ですが。仕事の内容については素人には解らないことがたくさんあるわけで。「官」の仕事に限って、それに素人が口出しするような態度がどうして正しいのだろうか。「税金を払っているから」なんて言いますが、行政サービスに対する対価だと考えれば、行政に限っては信用できない、という態度はなにかヘンだ。
 
 例えば飛行機に搭乗する際だったら「パイロットは下僕」という感覚は普通だろうか。病気治療で手術を受ける時「執刀医は俺の下僕」と思うだろうか。そういう人が常識的とは思えないし、滅多にいないだろうなあ。

 私はメカトロのソフトウェアをやっていますが、コードの書けない人間にデバッグ中に口出しされても「うるさいなー、素人は黙ってろよ」としか思わないし、実際に殆どが的外れな指摘ばかり。「メカニカル設計」や「組立・調整」のプロの方はそれが解っているから、デバッグ中に苛ついたとしても、「ソフト」については何も言わず、極力我慢しています。その方がプレッシャーになるし。お客さんの中には色々言ってくる人もいますが、大して参考にもならないし、適当に聞き流すのみ。
 
 これは行政にしたって同じことで、素人が堂々と口出しすると、的外れで恥ずかしいことになる可能性が高いのです。そういう意味で、上記のお二人の意見・感覚は常識的に考えれば非常に正しい。はず。

 本来はそのはずです。がしかし、そういうことになっていない。政治に限っては、マスコミ報道なんかを見ていると、たとえ素人であっても、

「国民は皆、政治に関心を持つべき」
というのが常識、のように言われています。皆が関心を持って「国民的議論」をすべきだと。いったいなぜなのでしょう。

(次回に続きます)