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ブログの「独自性」について

 こちら、freetermasterさんのブログです。前回の記事、私ちょっと感動してしまったのでご紹介します。是非ご覧になって下さい。

研究テーマ - フリーター修士の研究日誌

 私のブログからも、なにか得るものがあったとのことで、嬉しいです。Freetermasterさんの研究テーマは「日本が世界に誇る価値」とのこと。これは日本の強靭化にも通ずるものでもあり、頼もしい限りです。 私自身、「強靱化のすすめ」と言いながら、最近は脆弱性の話ばかりで、しかもなんか愚痴っぽくなってるなあ、と感じていましたので。強靭化のためにはまず、脆弱性の評価が肝要なのですが、でもそればっかりだとなんか暗い話題ばかりになってしまうし。ということで、freetermasterさんに注目です。

 さて、freetermasterさんは、以前からブログ記事の「独自性」ということを意識されているようです。私自身も当ブログで、どうすれば独自性を出せるか、ということに、非常に苦慮しています。ということで、今回はこの「独自性」について提言、という程のものでもないんですが、「研究テーマ」ということも含めて私の思うところを述べてみましょう。

私が最も恐れていること

 私は、弊ブログの、特に「はてな」外からの読者の中には、きっと三橋貴明さんのブログやメルマガを見ていらっしゃる方がいるだろう、と思っています。特にメルマガ「新日本経済新聞」は執筆陣も非常に豪華であり、このメルマガの読者からすると、私のブログ記事など特に目新しいものなどないのではないか、というのがあります。
 当然、藤井聡教授が「列島強靭化」のプロジェクトをスタートした頃から、基礎研究、政策提言、広報活動等をしている主要なメンバーとして、藤井聡さん、三橋貴明さん、中野剛志さん、柴山桂太さんの四名をよくご存じのことでしょう。弊ブログでも時折名前が出てきたり、著書を紹介したりしています。

 今回は、中野剛志さんのことを簡単にご紹介しましょう。
中野さんは主に「経済とナショナリズム」をメインに研究をされてきた方です。研究対象は歴史、哲学史、思想史、経済史など。主にヨーロッパと日本の、多くの古典を読み解き、世界を解釈する、といったような感じでしょうか。実学として古典を分析し、現代の政治、経済、国防、外交への提言をする、というスタイルです。なにか一つのことを追求するスペシャリスト、ではなく、徹底したジェネラリスト、です。

 弊ブログを振り返ってみると、先に紹介した四名の先生方のうち、記事の本文中では、今まで中野剛志さんの名前はあまり出てきていませんでした。よくよく考えてみるに、これは私の根源的な「恐れ」が作用しているためかなあ、と思いました。

 実は、私は弊ブログが「中野信者が劣化コピーをやっている」という批判に耐えられるのか、ということを非常に意識してしまっています。


 とはいうものの、この答えは、かつて中野さん自身がネット番組の「超人大陸」に参加していらっしゃった頃、動画の中で言及されていました。
「私、こんなとこ出てきて、偉そうに色々なんか言ってますけど、実は柴山さん、三橋さん、藤井さんから教わったことを、言ってるだけなんですよ。私の頭の中は、この三人でできています」とか、そんな感じのお話でした。

 ご謙遜されての言葉ではありますが、ご自身の発信する「情報」そのものは、別にオリジナルなものではない、と、いうことだと思うのです。中野先生もこう仰っていることだし。この点については、あまり深刻に考えすぎないよう心がけています。凡人サラリーマンなりの水準で、とにかく、自分なりの循環、自分なりの解釈、自分なりの表現、というところに拘るようにしています。

今後の方針

 と言ってもまあ、特に変更はありません。
「国土強靱化」と聞くと、学問的にはまず「土木工学」というイメージでしょうか。でもそれはほんのごく一部に過ぎない、ということは、もう読者の皆さんは、よくご存じですよね。というわけで、今後も幅広く「強靭化」について考えていきたいと思います。では、今後取り上げていこう、というテーマの一部をご紹介します。

文明の発達は文化の衰退?

 自然科学の分野では、人類はたゆまず進歩を続けています。新しい発見や発明、というのは確実に生み出されてきています。しかし人文科学や社会科学。哲学、文学などはどうなのでしょう。プラトンソクラテスの時代から、なにも進歩していないのではないか。むしろ、フランス革命産業革命以降出現するようになった「大衆社会」の中で、どんどん劣化しているのではないか、とも言われます。文明*1の発達と引き替えに、文化は衰退しているのでしょうか。

大衆社会の処方箋

「大衆」という言葉を、私は5/15の記事で使いました。哲学や社会科学における「大衆」という表現は、この記事の末尾で紹介した、オルテガの「大衆の反逆」の中で言われる「大衆」を意味しています。

この辺の大衆論について、私も研究していこうかな、と思っています。なにせ、こんな本を衝動買いしまったので。

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なんと著者直筆サイン入り!

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私の本名を書いて貰ったのですが、「ふのい(仮)」にして貰えばよかったかなあ。


*1:「文明」と「文化」の使い分けについて:「文明」=「自然科学」といったようなニュアンスで使っていまして、これは国語辞典の定義とは異なります。佐藤健志さん、藤井聡さん、中野剛志さんが、こういった意味合いで使われるので、私もそれに倣っています。この辺の話、結構面白いので、いずれ紹介したいと思います。もちろんコピペではなく、私なりの表現で