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国家国家国家国家

保守思想

 前回記事の最後、「さて次回は大A帝国物語」とか書いていたのですが、一つ、先に書きたいことができてしまいましたので、予定変更、武田恒泰先生のお話です。明治天皇の玄孫だとかで有名な人。
華原朋ちゃんと交際?で噂になったり、TVで在日外人を話題にしてみたり、ツイッターで物議を醸して炎上だとか、ネットで見かけるうわさ話、程度のことしか知りませんでした。本人の話をちゃんと聞いたり読んだりしたことはなく、なんか浮ついた感じの愛国芸人?くらいに思っていました。

http://www.j-cast.com/2014/02/28198001.html?p=2

 その武田さん、オリンピックがらみで、またもやツイッターで炎上?なんてのが話題になっていて、TVでの釈明動画がYoutubeに上がっていたので、どんなヘンなことを言っているんだろう?と思って確認してしまいました。どうも、皇室の親類というお立場上、外交官的なお仕事や役割をされてきたのでしょうね。日本人としての国際的作法について、選手に注文をつけたのが元だそうで。まあ、学校の先生なんだし、こういうこと言う人がいてもいいんじゃないの?と思いました。真意を聞いてみると、なんか、そんなにたいした話でもなく拍子抜け。


竹田恒泰のオリンピック議論に4人が噛み付く

 ところがしかし、他の出演者全員が武田さんに猛然と噛みつき、袋叩きにしているので、かわいそうになってしまいました。まあ、そういう趣旨の番組だったんでしょうけど。オリンピック選手は本人の意志とは無関係に「国を背負っちゃってる」という武田さんの言葉がどうにも許せないらしく。こんな程度の話に目くじら立てているのか……と、ちょっとびっくり。「凄い違和感!」とか言われても。
 私の感覚だと、例えば知人が、この武田さんみたいなことを会話の中で言ったとしても、別段食いつきもせず、かといって激しく同意もせず、まあ、確かにそうかもね、ってな感じでフツーに流してしまうだろうな、と。そういう私は、まだまだマイノリティなのかな?ちょっと怖くなりました。
 百田尚樹さんの「永遠の0」が大ヒットするご時世に……いやしかし、あれは個人に還元される話、と捉える人が多いのかな?特に映画の方だと。小説の方はそうでもない気がするのですが、どうでしょう?まあとにかく、「国」という言葉にアレルギーの出る人って、まだまだたくさんいるんだなあ、と改めて感じてしまった次第。「国」や「国家」って別に「権力者」や「行政府」を意味しているわけでは全然無いんだけどなあ。いやあしかし、武田さんて結構強靱ですねえ。

国家国家国家

当ブログはまさにそうなのですが、私は「国」だの「国家」だの言うことが多い。国土強靱化ってまさに国家の目標だし。現実の会話でもそうです。「国家としてそんなことでいいのか」とか「そんなんじゃ、国として成り立っていないじゃないか」とか、そんな言い方をすることがあるのですが、そうすると「お前何言ってんの?バカ?」「うざい」「そんなのおかしい」「危険思想だ」みたいな反応は結構あります。それこそ20代から70代の方まで。世代問わず。

「日本」という共同体に帰属している、という意識がない、のだろうと、思っていたのですが、武田さんの動画を見て、ちょっと違う気がしてきました。「日本」或いは「国家」に帰属意識を持ってはいけない、と考えているから、帰属意識のある人間に、凄い違和感!抵抗を感じるのかな、と。つまり「帰属意識」がないのではなく、「アンチ帰属意識」があるんだろうと。武田さんに噛みついている人、絶対に「個」が最優先される、全てが個人に還元されなくてはならない、と強く思っているようです。
確かに、我々は皆そういう教育を受けているし、新聞やTVだってそんな論調です。とすると、そう考える人が大勢なのは当然なのでしょう。だいたい、日本国憲法にもそう書いてあるじゃないか!

日本国憲法十三条
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 ……でもこれって単に、日本の解体・脆弱化を目指したアメリカの占領政策の一環では?当のアメリカも、まさかこんなに真に受けるなんて!と困惑しているかもしれません。ああ、アメリカ&憲法のことって、すっごく書きたいことが大量にあるのですが、取り留めもなくなりそうなので、また今度。

 私なんかはもう、「日本」に生まれてしまった以上、そういうわけにはいかんだろ、もう仕方ないだろ、と思っています。というわけで、日本に対する帰属意識はすごくあります。私の脳、思考回路は完全に日本語でできています。日本の文化、神道儒教じみたしきたり・伝統が、知らないうちに、いつの間にやら、否応なく染みついてしまっています。聖徳太子の十七条憲法なんかもそう。大概の人は条文をよく知らないかも知れませんが、ても、日本人なら、実は知らず知らずのうちに少なくとも半分くらいは守ってしまっている。私たちは日本の国土に育まれたのです。私は日本でできています。そして私個人には、グローバルに生き抜く才能も力も強さも覚悟もありません。っつーか、だいたい、グローバルに活躍したい、だとか、グローバルで金を稼ぎたい、だとか全くそんなのは望んでいないしできないし。日本で自身のキャリアと生涯を全うしたいと思っています。「これからはグローバルの時代だ!」なんつって世界に放り出されることには耐えられないでしょう。まあ、一ヶ月くらい海外出張や旅行に行くのは全然構いませんけど、でも日本から離れて生きていくことは、私にはできないでしょう。離れざるを得なくなったとしても、きっと、ずっと望郷の思いを抱えながら生きていく。故郷を完全に失ったら、強靱化とは真逆、それこそ脆弱化し、そしていずれ狂人化してしまうやもしれません。

(次回に続きます)